落書きを消せば犯罪は減るのか?ブロークンウィンドウ理論について。
防犯対策について語られる際に必ず話題になるのが、ブロークンウィンドウ理論です。
1990年代にニューヨークのルドルフ・ジュリアーニ元市長によって導入され、
ニューヨークの治安が改善されたことで有名な理論です。
ブロークンウィンドウ理論を簡単に説明すると、
割れた窓を放置すると他の窓も割られやすくなるという理論から、
「窓割れ理論」とも呼ばれています。
その応用が東京ディズニーランド、スティーブ・ジョブズ(アップル社)など、
ビジネス社会でも活用されているようです。
その理論は日本の空き巣被害減少にも役立つのか、
また、犯罪減少に向けてどんな取り組みが有効なのか考えてみました。
ブロークンウィンドウ理論とは?
もともとはスタンフォード大学の社会心理学者
フィリップ・ジンバルドー教授が1969年に考え出した理論です。
フィリップ・ジンバルドー教授は一つの実験を行います。
それは、まず住宅街に乗用車を放置します。
そして、ナンバープレートを取り外します。
次に、ボンネットを開けたままにします。
この状態で一週間は何も起きませんでしたが、
フロントガラスを壊してみると、車の多くの部品が盗まれ始め、
さらにはすべてのガラスが割られて車も完全に破壊されてしまったのです。
この結果からフィリップ・ジンバルドー教授は、
「人は匿名性が保証されている・責任が分散されているといった状態に
置かれると自己規制意識が低下し、『没個性化』が生じる。
その結果、情緒的・衝動的・非合理的行動が現われ、
また周囲の人の行動に感染しやすくなる。」と結論しました。
その後、犯罪学者ジョージ・ケリングとジェイムズ・ウィルソンは、
この理論を発展させ、1982年に治安悪化について次のような仮説を
「窓割れ理論」として発表します。
1.建物の窓が壊れているのを放置すると、「誰も当該地域に対し関心を払っていない」
というサインとなり、犯罪を起こしやすい環境を作り出す。
2.ゴミのポイ捨てなどの軽犯罪が起きるようになる。
3.住民のモラルが低下して、地域の振興、安全確保に協力しなくなる。
4.それがさらに環境を悪化させる。凶悪犯罪を含めた犯罪が多発するようになる。
したがって、治安を回復させるには、
・一見無害であったり、軽微な秩序違反行為でも取り締まる(ごみの分類など)。
・警察職員による徒歩パトロールや交通違反の取り締まりを強化する。
・地域社会は警察職員に協力し、秩序の維持に努力する。
などを行えばよいというものです。
そして、この理論を実践に移してニューヨークの警察官を増員し、
徹底した取り締まりによってニューヨークを安全な街にしたとされるのが、
ジュリアーニ元市長です。
彼は1994年にニューヨーク市長に当選します。
その際の公約の一つがニューヨークを家族連れにも安全な街にすることでした。
そこで、ニューヨークの地下鉄の再建計画に1984年から着手していた
デービット・ガンの取り組みをニューヨーク市全体に広げることにします。
その数年前まで地下鉄での凶悪事件の多発は大きな問題になっていました。
身の危険を感じながら乗らなければならい地下鉄は利用者数の減少につながっていました。
このような事態改善に向けた最初の取り組みが、「落書きを消す」でした。
この治安回復プロジェクトに1500万ドルが投じられます。
「犯罪の取り締まり強化が優先であって、なぜ落書き消しなんだ」と反発の声が上がりましたが、
5年かけて6000の車両と駅構内の落書きをすべて消し終えます。
その頃には少しずつ凶悪犯罪が減少しはじめます。
次に地下鉄警察の指揮官ウィリアム・ブラットンが取り組んだのが軽犯罪の取り締まり強化です。
無賃乗車や車内での喫煙といった凶悪犯罪とは無関係に思える犯罪を徹底的に取り締まります。
この取り組みも警察官からの不満の声があがります。
無賃乗車を逮捕し警察に連行し、必要書類に記入するという手続きで丸一日かかるためです。
それまでなら軽くたしなめる程度の犯罪だったので余計に手間がかかる様に感じたのです。
そこで、ブラットンはバスを一台改造し、移動型警察署とします。
これによって逮捕に1時間ほどしか時間を必要としなくなります。
もう一つ徹底したのが身元の確認でした。その結果7人に1人が逮捕状の出ている者、
20人に1人は何らかの武器を所持している者だったのです。
この取り組みによって90年から94年にかけて軽犯罪の逮捕者数は5倍に増えましたが、
地下鉄での凶悪犯罪は75%も減少したのです。
この実績を買ったジュリアーニ元市長は、ブラットンをニューヨーク市警の長官に任命し、
同じ戦略を全市に展開しました。
未成年の喫煙、万引き、花火、爆竹、騒音、落書き、違法駐車などの軽犯罪や、
車の窓を勝手に拭いて金を要求する行為、ごみのポイ捨てなどの生活環境罪、
また、路上屋台、ポルノショップの締め出し、ホームレスを排除し保護施設での
労働を強制するなどの施策を行っていきます。
その結果、就任から5年間で犯罪の認知件数は殺人が67.5%、強盗が54.2%、
婦女暴行が27.4%と市内の犯罪が地下鉄の場合と同じようにみるみる減少していったのです。
同時に小さな逸脱行動を徹底して取り締まることで、
凶悪犯罪も減らせる事例として認知されるようになりました。
落書きを消せば犯罪は減るのか?
落書きを消すことから始まったこの対策は、各地で注目を浴びることとなり、
日本でも同じような取り組みが行われました。
北海道札幌中央署で歓楽街での違法駐車の徹底取り締まり、
東京都足立区では「ビューティフル・ウィンドウ運動」が行われ、
それぞれ犯罪減少の報告がされています。
また、治安回復だけでなく冒頭で紹介したように、
ビジネス界においても窓割れ理論の応用が行われています。
例えば、ディズニーランドでは施設・設備の細かな傷を放置せずに
ペンキの塗りなおしなど修繕を惜しまずに行うことで、
従業員と客のマナー向上に成功しています。
一方で、本当に落書きを消せば犯罪が減るのかについて、疑問の声も上がっています。
ニューヨークに関して言えば、減少傾向は市長の就任前から始まっていることや、
アメリカ全体とニューヨークの殺人の認知件数がほぼ同じ動きをしていることが
指摘されています。
窓割れ理論運動の行われていなかったニューヨーク以外の地域でも、
同じように犯罪が減少していたのです。
「窓割れ理論」については、
さまざまな研究者が無秩序と犯罪発生の関係を研究していますが、
両者の関係は非常に小さく、なおかつどちらも、原因でというよりも結果で、
それらよりも影響が強いのは地域の経済状態や人種構成だとの指摘が多いようです。
確かに、少年鑑別所のような矯正施設では、居室の落書きを一つでも放置しておくと、
その周囲に次々と落書きが加えられることが報告されており、
割れ窓(逸脱行為)の放置がその周辺・周囲に拡大していくことは明らかです。
しかしあくまでもその悪影響はその周囲に限定されているというのが、
研究者たちの見解のようです。
龍谷大学法科大学院の浜井浩一教授は自著「2円で刑務所、5億で執行猶予」の中で、
「割れ窓を取り除く効果は、秩序の乱れの及ぶ領域や逸脱の範囲に
一定の限界を持っているということであり、たばこのポイ捨てや落書き、
小さな違反行為などをターゲットにした場合には「窓割れ理論」は、
その行為に限って効果がある可能性があるが、その効果に限界がある。
また、「窓割れ理論」の基本は誰かが関心を持ってケアしている場所では、
秩序を乱す行為が発生しにくいというものであり、重要なのは地域が
住民によってケアされているということである」と述べています。
つまり、落書きを消せば犯罪は減るというような単純な事ではなく、
そうした一つ一つの行為によって自分の住む地域を自分たちでケアしていく
努力が必要ということのようです。
そして、こうした取り組みが犯罪の起きにくい街づくりの一つの材料である
ということを覚えておく必要があるのです。
犯罪の起きる前に危険を知らせる防犯カメラシステム
では、犯罪減少に効果があると思われがちな防犯カメラはどうでしょうか?
確かに防犯カメラを見れば泥棒も犯行を躊躇するイメージがあります。
しかし時折、ニュースなどで防犯カメラに堂々と映りながら犯行に及んでいる
空き巣犯の様子が映し出されることがあります。
そういう場合、犯人は自分の身元が分からないように
顔をマスクやサングラス、目出し帽で隠しています。
顔さえばれなければという安直な考えで犯行に及ぶのでしょう。
なので、窃盗犯に関して言えば、監視や抑止また犯人検挙には
一定の効果がありつつも、通常の防犯カメラシステムでは
犯罪そのものを防ぐことは難しいとされています。
しかし、最近では動作認証システムが注目を集めています。
それは、ロシアで開発されたDEFENDER-Xというシステム。
防犯カメラに映った人物の精神状態を分析し、
解析結果から不審者を事前に検知し、
事前に警備員や店員に知らせるというシステムです。
その仕組みはカメラ映像から人の振動を検出、
振動を10万人以上の人体実験のデータを基に解析を行い、
「攻撃性」「緊張度」「ストレス」の有無を判断し、
「犯行を犯す可能性」のある人物を特定するというものです。
通常、動画は1秒に30枚程度の画像を撮影しています。
DEFENDER-Xでは画像1枚ごとに、撮影対象者の顔の皮膚や眼球、
口元、まぶたなどがどれだけ動いたのかを検出。
それぞれの振れ幅や振れる周期を基に、
顔を「攻撃的」「緊張」などの50パターンに色分けし、
精神状態を可視化した上で不審者か否かの判断・表示をするシステムです。
【DEFENDER-X】
このシステムは2014年のソチ冬季オリンピックで採用され、
総来場者数270万人の中から約2,620人を「不審者」として検知しました。
該当者のうち92%が入場拒否に該当する理由を持っていたというので驚きです。
該当理由の内訳は薬物・酒類・火薬類その他の持ち込み禁止が72%、
異常行動が8%、その他チケット無しが20%だったといいます。
このように映像解析技術が進歩し、防犯カメラの設置台数も増えるにつれて、
犯罪を未然に防ぐことが現実的になってくることを期待したいですね。
街灯を明るくすると犯罪が減るのはなぜか?
街灯があれば、犯罪が発生しにくいと思われがちですが、実はそうとも限りません。
というのは、犯罪者にとっても「灯り」は必要だからです。
それは、被害対象者または対象物が確認できるのに十分な明るさで、
具体的には10メートルほど離れてぼんやりと対象者の顔が分かる程度の明るさです。
写真①の例で言うと街灯はあるものの適度な暗さを演出しているため、
被害対象になる車の絞り込みを可能にしながら、
犯罪者は陰に身をひそめ犯行を容易にしています。
実際にこの駐車場では車上狙いが発生しています。
【写真①】
そこで、照明設備を明るくする施策がとられ、LEDの照明に変更されたのが写真②です。
【写真②】
4か国80人の専門家が参加して犯罪対策を証拠に基づいた研究する
国際プロジェクト「キャンベル共同計画」によれば、
街灯の明るさの改善が犯罪に及ぼす効果は有効であると報告されています。
街灯を明るくすることで犯罪が減少するメカニズムには2つの仮説があります。
ひとつは、街灯の改善で可視性や人通りが増すことによって、
犯罪者への監視が強化されそれが犯罪抑止につながるというもの。
もうひとつは、街灯を明るくすることが地域の環境改善につながり、
そこに集まる人が増えることによってコミュニティが結束する、
町全体が活性化することによる防犯効果です。
この報告が興味深いのは街灯を明るくすると夜間だけでなく、
昼間の犯罪発生数も減るという点です。
このことから、どちらか一つの理由というよりも、
双方の影響力が犯罪減少に役立っているのではないかと考えられます。
どちらにしても、街灯を明るくすることは、
地域住民のプライバシーや自由を制限することなく
比較的安価で採用できる犯罪対策と言えるでしょう。
まとめ
犯罪者は犯行前の下見の段階で「この街はやりやすいか、やりにくいか」
のイメージを作り、犯行動機を形成するといわれています。
そのイメージ作りの一つの要素が「街の汚れ」。
落書き、ゴミ、物などが乱雑といった整理整頓されていない状態を
彼らは住民の結びつきの弱さと理解します。
結びつきが弱いほど、住民の街へのまた他人への関心は低く、
犯罪のやりやすい街と判断するのです。
その意味において窓割れ理論は、「落書きを消す」だけで犯罪が減るのではなく、
その行為によって住民の連帯感が強くなり、街がケアされる時に効果を発揮します。
詳しく解説しませんでしたが、青色パトカーによる地域パトロールも、
その実際の効果は参加者の士気を高めたり、
警察との関係性を強化できることと指摘する専門家もいます。
こうした住民の取り組みに、実際に効果が実証されてる犯罪対策を
組み合わせていくことで、犯罪減少を実感できるようになるでしょう。
安心して住める街づくりには、住民によるソフト面のケアと、
機器機材によるハード面でのセットでの対策が欠かせないのです。